本音が言えなくなった日
小学6年生になるまで、絵を描くのが得意で、友人からせがまれるくらい、クラスでは人気がある方でした。ある日、友人とふざけていたつもりの、ほんの些細なやり取りが、相手を本気で怒らせてしまいました。教室の空気が一瞬で凍りついたのを、今でも覚えています。悪気はなかった。それでも、自分の何気ない言動が、人をこれほど傷つけ、怒らせてしまうことがあるのだと知り、それ以来、本音を口にすることが、怖くなりました。
演じることだけが、うまくなっていく
そのクラスで親しかったのは、彼だけでした。それからの一年は、ほとんど一人で過ごしました。誰かに避けられたわけでも、悪口を言われたわけでもありません。それでも、自分から誰かと関係を築くことが、怖くてできなくなっていたのです。人に嫌われないように、本音を隠して「良い人」を演じる生き方は、中学、高校へと続いていきました。実家で過ごすことさえ窮屈で、誰も自分を知らない土地で生き直したくて、大学進学と同時に家を出ました。けれど環境を変えても、心の中に築いてしまった壁は、簡単には消えませんでした。
「税金泥棒」と言われた日々
IT企業でも、人間関係にはずっと苦労しました。結婚を機に転職した自治体では、最初の配属が窓口業務。初めて窓口に立った日から、目の前で怒鳴る住民の姿に、とんでもない場所に来てしまったと感じました。真面目に対応していても「税金泥棒」と罵られることも少なくありません。それが公務員という立場に向けられた固定観念だと分かっていても、もともと人の些細な一言に傷つきやすかった私にはこたえるものがあり、街を歩く人がみな攻撃的な存在に見えて、顔を伏せて歩いていた時期もあります。それでも辞めずに続けられたのは、「この経験にも、きっと意味がある」と、どこかで信じていたからだと思います。
求めていたのは、癒しではない
自分を変えるには、まず自分の心を変えなければならない。そう考えて、カウンセリングの技術を学び始めました。学んだことを自分自身に適応していくうちに、確かな変化を実感しました。そこで気づいたのは、生まれながらの「性格」というものがあるのではなく、人は経験によって形成された信念によって、性格や行動そのものを規定されているということでした。さらに自己変革の学びを深めようとする中で、コーチングという概念に出会います。試しに受けてみたコーチングで、「これだ」と気づきました。自分が本当に望んでいたのは「心を癒すこと」ではなく、「自分らしく生きる状態に至ること」だったのです。
会議室で、初めて手を挙げた
ゴールを自ら選び直してから、私は変わっていきました。会議で自分の意見を言うようになり、やりたいことを提案するようになりました。人が苦手で、人を避けるように生きてきた私が、最も苦手だった対人支援に、自ら飛び込んでいく。同じように苦しんでいる同僚を、放っておけなくなったのです。ついには幹部に直接かけ合い、庁内で100人以上、300回に及ぶキャリアコーチングを実現しました。涙ながらに胸の内を語ってくれる人も、感謝を伝えてくれる人もいました。
十七年勤めた場所を、離れる
コーチングと出会い、自分自身の人生の目的を見出したことで、私のマインドは大きく変わっていきました。それまでなら考えられなかったであろう決断——17年勤めた安定した公務員という立場を手放し、コーチとして独立するという一歩を、迷いなく踏み出せるようになっていたのです。これもまた、コーチングの効果を、自分自身の人生で証明する出来事でした。
一人で挑み続けられる人は、いない
独立後、一定の成果を上げることはできました。けれど気づいたのは、どれだけ実力があっても、人は一人きりで挑戦し続けることは難しいということです。未来へ歩み続けるマインドを支えてくれる存在が、自分自身にも必要でした。そこで私は、自らコーチをつけ、挑戦を続けることを選びました。その結果、ゴールはさらに広がりました。今は全国の自治体で研修に登壇し、ある基礎自治体では首長や幹部職員を前に、人材戦略を語る場にも立っています。
特別な才能は、いらない
不完全燃焼のまま、当たり障りなく生きていた私が、今はチャレンジングに、可能性に満ちた日々を送っています。この変化に、特別な才能は必要ありませんでした。必要だったのは、ゴールを自ら選び直す、たったひとつの決断です。